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東京高等裁判所 昭和38年(う)425号 判決

控訴人 被告人 グレン・タイラ・ダーリング

弁護人 中沢守正

検察官 掘口春蔵

主文

本件控訴はこれを棄却する。

当審における未決勾留日数中百五拾日を原判決の刑に算入する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、被告人の弁護人中沢守正名義の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを、ここに引用する。

控訴趣意第一点について。

所論は要するに原判示第一の麻薬粉末約一九二・五〇三八瓦の輸入の所為の内には、その後その所持を継続する事実も包含しているので、原判示第二の所持の所為は当然第一の輸入に包含せられ、原判示の如く別個の犯罪を構成するものではないといつて、その理由につき縷述するのである。よつて記録を調査するに、被告人はフランク・マーチン・ベリツクと共謀の上、原判示第一記載の如く東京国際空港において麻薬粉末約一九二・五〇三八瓦を密輸入したこと、その後殆どベリツクが横浜において右麻薬を所持しており、被告人はその売渡先を探していたこと、同月十九日に至り買受希望者があり、取引量、価格も決つたので、被告人がその売買実行のためこれを所持していたベリツクから、右麻薬を小分した一部である原判示第二の麻薬二十一包を受け取り、判示場所に臨み取引せんとしたところを逮捕せられたことが認められ、原判示第二の事実は、被告人が右の取引をせんとした場合の所持を判示していることは明らかである。なるほど原判示第一の輸入に当然伴う所持行為はこれに吸収せられ、特に所論の如く所持罪として処罰の対象とはならないものと解するとしても、本件における如く、密輸入による麻薬を一括所持中、売買のために小分けした一部である二十一包を売却するために特に原判示第二の日時、場所において所持することは、時間的関係、場所的関係も、また所持の形態、目的の点においても推移変動があつて、当初の一括所持とは全く別個独立の所持と認めることができるので、これを以て当初の輸入行為に包括せられるものと認むべきでないことは明らかである。然らば原判決にはこの点において何等法令違反の廉は存在せず、所論は独自の見解に基くものであつて、これを採用することはできない。(尚原判示第二の事実には営利の目的でなした所為である旨の記載はないけれども、昭和三十七年七月十一日付の本件起訴状には営利の目的でなされたものである旨記載せられており、原判決もまた本件犯罪の罪数について説明するに当り、原判示第二の麻薬二十一包を営利目的で所持していたものであることが明白であると判示し且つ法律を適用するに当つても麻薬取締法第六十六条を摘示していることに徴すると、原判示第二については単に営利の目的でなされた所為であることを書き漏したものであると認める。)

(その余の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 三宅富士郎 判事 東亮明 判事 井波七郎)

弁護人中沢守正の控訴趣意第一点

原判決は法令の適用に誤りあり、その誤は判決に影響を及ぼすものである。

原判決はその理由中その認定事実に付

「被告人はフランク・マーチン・ベリツクと共謀のうえ、法定の除外事由がないのに

第一、営利の目的で(中略)麻薬粉末を昭和三十七年六月六日ベリツクが香港から一九二、五〇三八瓦を携帯し、これを輸入した事実(以上要約)

第二、同年六月十九日、被告人が麻薬粉末二一包(合計四六、四三四五瓦)を所持していた事実

を各認定し、右第一及第二の事実は刑法第四五条前段の併合罪であると判示し、併合加重した刑期範囲内で被告人を懲役六年に処する旨法律の適用を判示している。

第一の行為の輸入の所為の内には、当然本件麻薬一九二・五〇三八瓦の所持の概念は包含されている事は論を俟たない。(但し本件の場合は右認定事実通り共犯者たるベリツクが全部を所持していたもので、被告人が共犯として右輸入事実に付罪責を負う以上、所持については仮に包含されている事実として所持の罪責を別個に問わないとするも)、

而して被告人の第二事実たる麻薬二一包(合計四六、四三四五瓦)を所持するに至つた経過は原判決理由中に記載された如く

「被告人等が昭和三七年六月六日東京国際空港において麻薬約一九二瓦を一括輸入してのち殆んどの場合共犯者のベリツクがこれを携行し、横浜に来て被告人が麻薬の買手を捜すうち、五瓦包に小分けした方が売買に便宜であることを知りベリツクと協力して小分けした後もベリツクが一括所持していたが、同年同月十九日に至り、買手、取引量、価格が特定したので、被告人が売買の実行のため、ベリツクから右麻薬の一部である判示第二の麻薬二一包を受けとり判示場所に行き云々」

の通りであつて輸入後右ベリツクと被告人の共謀に依る約一九二瓦の麻薬の所持が六月十九日迄引続き行われ、同日前記事情に依り、爾後

ベリツク 約192.5g-約46.5g=約146g

被告人 約46.5g

と所持の態様が変つたに過ぎないが、総量約一九二、五瓦の右両名の所持は依然として変更はないと云わなければならない。

即ち、現実にはベリツク一人に依つて行われた輸入(爾後の所持も含む)事実に対し、法の正義の目的から共犯概念に依り、被告人に対し輸入の罪責を負わしむるは、法律の技術的拡張適用であるところ、一度現実に所持せざる被告人に対しその罪責を問うた上は、その共犯者間に於て当初の所持量の範囲でその行為の継続中に同一物を交互に又はその一部を授受したとしても、その授受の目的如何にかかわらず、その所持を独立の行為として再び法の評価にさらすは、即ち一事を二面評価するものである。

原判決の示すごとく「分割所持するに至つたものは分割されたときから(中略)新たな所持が開始する」とするならば

(一) ベリツクが全部を販売目的の為これを二瓦包に単独で或は被告人と共同で分割し、ベリツクが一括所持しているとき、は如何

(二) ベリツクと被告人が折半して被告人が自己の分丈小分けし一部を持ち出した時は如何

(三) 猶本件の場合被告人が小分けした二一包を持つて出た場合被告人がその分の所持を罰せられるならば、従来の約一九二瓦中の残り一四六瓦を従来の侭所持しているベリツクの所為は如何に見るかの矛盾に到達する。

(四) 更に本件は最初の小分け分で発覚したが被告人等が順次小分けして販売した場合原審の理論で行けばその度に所持罪を以て問われ、小分けせずに一括して大量に販売し、又は販売の目的で所持していたならば、輸入及びこれに伴う所持の継続行為として所持を問われない結果を生ずる。

以上は何れも原審の理論が本件の如き場合のみをみた理論であつて、当弁護人が本段冒頭で述べた如く、率直なる事実観察から輸入後の所持(本件は所持による輸入である事は起訴状にも明らかである)が、同一量の範囲内で同一物を小分けしたとしても当初からの所持の継続であることが疑なき以上新たな所持を開始するとの原審の理論は到底肯認出来ず、これを別個の犯罪行為と認め法律を適用するは法令適用の誤りである事を上申致すものであります。

(その余の控訴理由は省略する。)

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